オフィスの近所に、七輪に炭をくべて肉を焼く、焼肉屋がある。
何かというと、そこに集合が掛かって、肉の焼け具合を調査する夕べが開催される昨今。
4人標準サイズのテーブルごとに別れる仕様だから、誰がそのテーブルに着くかで、焼かれる肉の種類や勢い、話題やノリ、全然変わってくるのが結構面白い。先日は、表題のごとく、統計学から始まって数学論に終始した。
中でも印象に残ったのは、理論は凡人のためにある、というフレーズ。
曰く、天才数学者は、自分の世界を独走していて、下々の者がついて来られないことなんかに興味はなく、ひたすら自身の数学論を突き詰めることに悦びを感じる変態天才なのだけど、それだけでは食っていけず、一般人や凡人に、自身に理論を理解してもらうために、論理を考えてでっちあげる、というものなんだそうだ。
ここでわたしは、ホーキング博士の超ひも理論が思い浮かんだ。もちろん、凡人以下のワタシは、名前こそ知れどどんな思想なのか全く理解していないわけだが、そういうことなんだな、と。
いまでっちあげたたとえ話。バス停に待つ人々が望む各々の行き先によって、現在運行する各バスの路線をダイナミックに変更するアルゴリズムを構築している技術者に対して、「バスって何ですか」と聞き「いくつかの約束を守って、歩くより早く移動できる便利な手段ですよ」と、本質は説明してないんだけどあたかも分かった気になるような解説文を用意する、そんな感じ。
元はね、健康診断と確率論から広がった話題だった。健康診断のどこが何かといえば、こうだ。
たとえば、どこかに明らかな疾患を持つ病人。そのひとが健康診断を受けたら、その疾患に関するパラメータが、見事に正常範囲を外れていた。ここから言えることは、病気だと明らかに分かっているひとは、健康診断したら確かに悪いよね、とは分かるということ。逆に、健康診断して、ある値が正常を外れたからといって、病気だとは全然決められないということ。ぼくはすぐに理解できたが、どーしてもそれを受け入れられないひとがテーブルに居り、その数学愛好者との間でディベートが延々続いた。そこでぼくが取り出したたとえ話。
ごっちゃごちゃにモノが散乱する部屋で例えば、定規が無くなったとする。もし見つかったら、それはその部屋にあったと言えるが、逆に、本当に無いことを証明するとしたら、全てのものを1つ1つ調べ、確かに無いということを証明しなくてはいけない。
そういう、統計学のからくりを逆手に取った、ある意味悪どい商売が、健康診断の実態なんだよ、というのが、あの、酔いも回り肉で胃が満たされた我々の議論するネタだった。
その昔は、ワタシと同じ会社に籍を置き、思い立って大学の夜間の部で半導体工学を学び直し、それでも飽き足らず数学の道に進み、現在も休学中の身で現職場に身を置く彼は、ちょっと特異なひとなのかもしれないけど、共感する点は多い。
ともかく、酔っ払ってそういう理づめの議論はちょっと、ある意味仕事より消耗するが、それなりに面白くもあるな、と。
MMSliteの接続方法でここにたどり着きました。
いろいろ探してたんですが、openでの接続が他では書いてなかったので、
とても助かりました。すんなりできました。
ありがとうございました。
コメント by Snowy : 2008年 5月 22日 : 3:13:23